大電力クライストロン |
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1 | .用途 |
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我が国に於いて、大電力クライストロンは、① レーダー、②基礎科学の研究に使われている加速器や、③UHFのTV放送用として開発されて来た。 |
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① | レーダーは電波を短時間で発射し、反射して帰ってきた電波との遅れ時間から、距離を測ります。 送信電力が大きければ遠くまで測れ、発射方向を少しずつ変えることにより、地形および飛行物に対応した画像が得られる。 |
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② | 加速器は一般的にはあまり知られていないが、基礎科学研究のほか、癌治療、新素材開発といった新しい分野にも使われています。 |
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③ | UHF放送は1950年代から、山間地や離島で、基幹局から電波が届かない地域の中継局用として使われていましたが、徳島では1~12チャンネルのVHFでは空きチャンネルがなく、1967年まではNHK教育TVがありませんでした。 通常のUHF放送の中継局の最大出力電力は200Wで、30kWという電力が必要な県域での主幹局であるNHK徳島教育TV送信所で、高出力である大電力クライストロンが初めて採用されました。 その後、各県に県域のUHFの主幹局や北海道の地域主幹局にも大電力クライストロンが続々と採用されて来ましたが、半導体化が進み、全てUHF放送である地デジ開始時にはUHFのTV放送局から、クライストロンは姿を消していました。 |
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2 | .構造と動作原理 |
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構造:大電力クライストロンは |
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1 | 電子ビームを発生する電子銃、 | ||||||||||||||||||
2 | 電子ビームを一定半径に絞る直流(電)磁石または周期永久磁石、 | ||||||||||||||||||
3 | 高周波入力する入力端子と入力空胴、 | ||||||||||||||||||
4 | 高周波を電子ビームに乗せて増幅させる高周波相互作用部、 | ||||||||||||||||||
5 | 相互作用部から増幅された高周波を分離する出力空胴、 | ||||||||||||||||||
6 | 真空部から高周波を取り出す出力窓、 | ||||||||||||||||||
7 | 用済みの電子ビームを捕捉し運動エネルギーを熱に変換するコレクター | ||||||||||||||||||
等から構成されます。 |
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動作原理: |
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1 | カソードから放出された電子ビームはアノードにより加速され、入力空胴部に入ります。 | ||||||||||||||||||
2 | 電子ビームは、そのままではお互いに反発し、発散するので、一定の半径になるよう磁界で絞ります。 | ||||||||||||||||||
3 | 入力空胴部に導入された高周波の位相により、電子が加速または減速されます。(速度変調) | ||||||||||||||||||
4 | 一様電界中を走行する間に、加速電子と減速電子が集合し、次第に集群(粗密化)が進みます。 | ||||||||||||||||||
5 | 集群された電子は、中間空胴部における誘導高周波電界により、徐々に集群が進み粗密比が大きくなります。 | ||||||||||||||||||
6 | 最後に、集群された電子ビームが出力空胴を通過する際に強大な交流電界を誘起し、大電力の高周波が出力窓を通して出力されます。 | ||||||||||||||||||
7 | 用済みの電子ビームはコレクタに捕捉され、熱に変わりますから、大風量の空気、水などで冷却します。 | ||||||||||||||||||
クライストロンの概略図と、電子ビームの集群の様子(一般公開済みのSimulation結果)を以下に示します。 | |||||||||||||||||||
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3 | .電子銃部 |
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電子銃では、電子を放出するカソードを、小さい電子ビーム半径に向かって絞るように、お皿のような球面の一部を切り取った形状のカソードを使用します。 しかしそのままでは、電子のお互いの反発力で、電子ビームは次第に拡がってしまうが、電子ビームはある程度より大きな磁界内では、磁力線にほぼ沿って進むという特性があり、電子銃部の一部以降は電磁石で覆うことになります。 下図はシミュレーション結果の1例で、緑は電子ビームの軌道解析結果を示し、紫色は等電位線を示し、電子は左から右へ進みます。 |
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4 | .集束磁界部
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私たちも磁界計算の解析プログラムを開発し改良しましたが、 米国Los Alamos National Labが開発し、2000年代初めに一般公開されている、Poisson/Superfish
は電磁石、永久磁石で、磁性材料の特性を指定したり、高周波の電磁界計算も実施することができ、無償でダウンロード・利用することができ、計算精度が高い事から、世界各国で使用されており、私たちも利用している。 Poissonで解析した結果の1例、等磁位線と軸上磁束密度を下記に示す。 一様磁界部の中心軸上の磁束密度は約700G(0.07T)であるが、出力空胴部では電子ビームの拡散を考慮して800Gと強めにしている。 但し、前記の説明の電子銃部で使用した磁束密度は、主磁界に対して小さいため、下記磁力線分布では磁力線が表示されない。 前記の電子銃部の軌道解析は上記のPoissonを使用した磁場解析結果を反映して実施した。 実際には集束電極による静電収束と磁場による収束を併用している事や、耐電圧性を考慮し電界強度を緩和させるために理論上の形状から設計形状は変えているため、電子ビームの軌道とピンク色の線で示す磁力線は必ずしも一致していないが、最終的には管軸と平行の綺麗な電子ビームが得られる様に設計している。 |
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5 | .高周波空胴の設計 |
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入力空胴から出力空胴までの各空胴は、Poisson/Superfishで解析し、共振周波数などの空胴特性と電子ビームの対する2次元の電界強度・方向などを計算している。 しかし実際には、入力空胴と出力空胴には、高周波の入力ループ或いは出力用の同軸や導波管等が接続されているので、3次元の解析が必用であり、以前は実験用のモデルを作り、特性を調べていたが、モデルの設計、製作や実験などに時間がかかっていた。 1995年頃からは、3次元の電磁界解析プログラムをライセンス契約し、短時間で解析・設計できる様になった。 |
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6 | .高周波増幅部の設計 |
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6-1.『2次元動作解析』(電子ビームの流れを高周波の1周期を何枚かのリング状のディスクに見立てた動作解析) |
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1970年に、アムステルダムで開催されたMOGA70( Eighth International Conference on Microwave and Optical Generation and Amplification, Amsterdam, 7 ... 11 September 1970)で、クライストロンの動作解析結果として出力変換効率が従来の40%台から60%以上にでき、解析結果に基づいて開発したクライストロンで出力変換効率が62%を達成したという学会発表があった。 同時期に、私たちのクライストロン開発グループでも、2次元のクライストロン動作解析プログラムと電子銃の動作解析プログラムを開発し、①理論と②実験に基づいて設計していた時代から、コンピュータによるシミュレーションに基づく設計の時代に入った。 下図左は、鳥瞰図と呼ばれるクライストロンの高周波増幅部に於ける時間(横軸)と軸上の場所(下図では縦軸)での電子の集まり具合を示し(一般的にはあまり使用されない、私が趣味で自宅で業務期間外に作成した表示方法)、一般的な表示は高周波の1周期(1サイクル)での電子の集まり具合を解りやすく表示した右の位相図である。 等時間間隔で流れてきた電子が、1か所に集まろうとしている様子を表している。 鳥 瞰 図 位相図、高周波成分、速度分布の表示 |
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6-2.『2.5次元動作解析』 | |||||||||||||||||||
電子ビームの流れを高周波の1周期に対して何個かの軸方向グループだけでなく、半径方向も数~十グループに分割した、リング状のモデルで、それぞれが軸方向に進むだけではなく半径方向にも拡がることができるというモデルで、ソフトウェアー開発者に対して斡旋業者を介して我々の望む入出力仕様に対応させて貰い購入したアプリで動作解析 | |||||||||||||||||||
2.5次元解析では半径方向という新しいパラメータが加わったため、空胴解析も専用の解析アプリがあり、解析時間は長くなるが、近年のPCは解析スピード、解析容量などでは高性能化されており、数分~十数分で解析できる。 3次元解析ではないので、軸対象ではない入力空胴、出力空胴、出力窓は別のアプリで解析することになる。 購入ソフトでは、解析結果はアニメーションとしてグラフィック表示されるだけであった。 これもグラフィック表示用のデータを解析し、gifアニメに変換するアプリを業務時間外(自宅)で個人的に作成した。(一般公開済み) 次の図は、2.5次元解析(リングモデル)での半径方向に分割した10リングの中の、一番外の10番から8,6,4,2番の図であり、出力空胴の付近では中心付近の電子ビームがまだ集群のピーク前であるのに対して、外側での電子ビームでは集群のピークを過ぎて拡がろうとしている様子が確認できるアプリで、これも個人的な趣味で、自宅のパソコンを使用して業務時間外に、個人的に購入したソフトで作成した。 |
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7 | ,高周波出力窓 | ||||||||||||||||||
クライストロンは簡単に言うと真空管の一種であり、高周波を取り出すには真空気密された真空窓が必要になる。クライストロンから高周波を取り出す方法としては、①同軸と②導波管があり、同軸の場合には周波数が高くなると波長の関係で取り扱える最大直径が小さくなり、逆に導波管の場合は周波数が低いと導波管のサイズが大きくなり過ぎ、集束磁界装置の邪魔になる。 ①大電力で動作周波数が低い場合には、高周波電力はクライストロン本体からは同軸で取り出し同軸真空窓で真空外に取り出した後に、集束磁界装置の外で導波管モードに変換するのが最適であり、②動作周波数が高い場合には、高周波電力はクライストロン本体からは導波管で取り出し、導波管の出力窓を通して出力するのが一般的である。 高周波を同軸で取り出し、同軸真空窓で真空外に取り出した後に、導波管モードに変換した場合の計算結果の1例を下図に示す。(一般公開済) |
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出力空胴(同軸取り出し) ⇓ 同軸窓 ⇓ 同軸導波管変換機 ⇒ 導波管 |
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出力空胴から導波管で取り出し、円形出力窓で取り出した場合の一般的な手法での断面図を下記に示す。 |
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8 | .コレクター |
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出力空胴で高周波を取り出した後の用済みの電子ビームは、コレクターで受け止め熱に変わりますが、そのままでは電力密度が高すぎるため、一般的には電子のお互いの反発力で電子ビームがある程度拡がった後に、コレクターで受け止めます。 コレクターで受け止める電力はビーム電力(ビーム電圧×ビーム電流)から出力電力を差し引いた電力ですが、何かのトラブルで高周波入力が来なかった場合にも備え、一般的にはビーム電力に対応させます。 コレクターで受け止めた電子のエネルギーは、熱エネルギーに変わりますので、比較的に小電力のクライストロンでは冷却フィンに空気を流して冷却できますが、更に大きな電力の場合には、水冷や気化熱で冷却する蒸発冷却が採用されます。 コレクタの外側にはそれぞれの冷却方法に対応した冷却フィンを設けます。 |
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※ | 注:マルチビームクライストロンE3736 |
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出力電力10 MW を得る場合、従来のクライストロンは電子ビームが1 本で構成され、160 kV の動作電圧で50 %程度の効率で動作するのに対して、今回開発したクライストロンは、電子ビームを6 本に多重(マルチビーム)化する新設計/製造技術を開発し採用したことにより、115 kV の動作電圧で68 %という高い効率が得られる。 最初に設計したマルチビームクライストロンは、E3736でドイツの研究所DESY から受注したもので、安定性などの詳細データによる確認をした後に出荷している。 全体構造は下記断面図に示すように、中心から離れた所に電子ビームが半径:Rで等間隔( 60°毎)に6本配置されている。 電子ビームは磁力線に巻き付いて絞られて進むことから、軸上で次第に磁束密度が変わる磁場では磁力線の半径が変わっており、電子ビームの中心軸も管の中心軸からの距離が変わってしまい一定半径の中心軸を設計機銃とするマルチビームクライストロン出は採用できない。 MBKでは、磁極で分離された幾つかの一様磁界群を使用した磁気レンズを採用し、太さが所定の太さでリップルのない電子ビームをb磁気レンズのパラメータを使用した |
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下図は集束磁界装置の電子銃近傍の構造と、Poissonによる集束磁界の解析結果であるが、半径100㎜程度までは磁力線は軸と並行しており、マルチビームクライストロン集束用として、適している事が判る。 マルチビームクライストロンの電子ビームは中心軸上ではないため、次第に磁束密度を大きくして電子ビームを絞る方法は採用できない。あくまで軸と平行な磁力線を採用しなければならない。 従って、電子銃部で静電界と並行磁力で絞った電子ビームは、その後に配置したマッチングコイルと磁極で構成される「磁気レンズ」で軸と平行な電子ビームに修正する。 Poissonの解析結果から求めた磁束データを元に、DGUNで電子ビームの軌道解析を実施した。 これらを繰り返して、希望する電子ビーム形状が得られるように、磁極の形状や電磁石の設定や、集束電極の形状を決定した。 電子銃部が中心軸上にないため、温度解析や熱膨張解析を実施して、部品の形状を決める必要がある。 下記写真は左からANSYSによる熱応力解析、電子銃部の真空点火試験、電子を放出する6個のお皿状のカソードや集束電極が見えている電子銃部の写真。 完成したマルチビームクライストロンの写真。 約45年程クライストロンの開発を担当したが、開発に一番苦労した製品であった。 |
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趣味で、個人的に自宅で開発したアプリも、退職時には、長年勤めた会社にソースコードを含めて無償で贈与しました。 優良企業である 「東芝メディカル・システムズ」と「東芝電子管デバイス」 は、私の65歳での2回目の退社後の2012年末に、東芝グループからキャノングループに売却されました。 |
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